地方独立行政法人 大阪市博物館機構

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新館長インタビュー:大阪市立美術館 館長 内藤 栄

スペシャルインタビュー:内藤 栄 大阪市立美術館 館長
取材・文:田中 慶一

2022年4月に、大阪市立美術館の新館長に就任した内藤 栄さん。幼少時の仏像好きに端を発し、仏教美術を専門分野として、前職の奈良国立博物館では『正倉院展』をはじめ数々の展覧会を手掛けてこられました。現在、2025年春のリニューアルオープンに向け、準備を進めている内藤館長に、大阪市立美術館のコレクションの魅力やこれから目指すべき館のあり方を伺いました。

仏像好きから始まった学芸員への道

―内藤さんは、小学生の頃から仏像好きと伺いました。興味を持ったきっかけは何ですか?

1970年の大阪万国博覧会に家族で出かけた際に、奈良に立ち寄ったのですが、万博よりむしろ奈良のお寺や仏像の方が強く印象に残って。この時の体験が、仏像好きになる大きな転機になりました。実はそれ以前から、家の周りでたびたび縄文土器を見つけることがあって、美術の教員だった父から、「この土器は何千年も前のものなんだよ」と教えてもらったことで、古いものに興味を持つ素地ができたように思います。ただ、私の出身の埼玉は歴史的に見て、縄文時代の次がいきなり現代みたいな場所で、中世、近世といった時代の遺跡がほとんどないんですね。神社はあるけど、お寺がない。除夜の鐘も聴こえないようなところで育ったので、奈良を訪ねた時は、いわば仏教文化を初めて体験したようなもの。だから、仏像や寺社建築、それらを含む古い街並みに至るまで、子供心にものすごく惹かれるものがありましたね。

―初めて触れた仏教美術のインパクトが、学芸員としての原点にあるんですね?

その後も年に1回くらい奈良を訪れていましたが、小・中学生の頃には、まさか好きな仏像や仏教美術が仕事になるとは、思いもしませんでした。ところが、高校生になって、父から「そんなに好きなら博物館で働けばいい」と言われて、美術史という学問分野があり、仏教美術の勉強ができること、学芸員という仕事があることを初めて知りました。それまでは、お寺と仏像が好きならお坊さんになるしかないと、本気で考えていましたから、もっと早く教えてよと思いました。学芸員になってから奈良のお寺の方にその話をしたら、「そのまま僧侶の道を進んでもらってもよかったのに」と言われたこともあります(笑)。大学進学後は仏教美術を専攻し、奈良にもたびたび出かけました。多くの学者や文化人が定宿にしていた日吉館という旅館を拠点にして、10日くらいあちこちの寺社仏閣を巡り歩く、といったことをしていましたね。

―学芸員になってから印象に残っている展覧会や、思い出深い展覧会はありますか?

学芸員になったら、そのまま仏教美術の研究をどんどん進めていけるものと想像していましたが、最初に勤めたサントリー美術館では実にいろいろなジャンルの作品を扱いました。焼物や着物、さらには、野生動物を描いた作品を集めた『ワイルドライフアート』の展覧会を担当したこともありました。動物の知識なんかは全く専門外。来場者の方が詳しいくらいで、逆に教えてもらったりして(笑)。でも、今までにない分野を扱ったことで、学芸員としての知識や経験の幅を広げることにつながったと思います。

そして、35歳の時に憧れの場所だった奈良国立博物館(以下、奈良博)に移り、足掛け26年、在籍しました。その中で、印象的な展覧会といえば、やはり、毎年秋に開催される『正倉院展』ですね。務めた1年目から担当させてもらって、4年目で主担当になり、長年、携わってきました。私も正倉院展を担当して初めて知りましたが、正倉院宝物は文化庁でなく宮内庁の管轄なので、実は正倉院宝物は国宝ではないんです。公立博物館や大きな私立美術館では指定文化財を展示できますが、正倉院の宝物は基本的には奈良博以外では展示されないんですね。そして、普通は美術品輸送の専門業者が行う作品の梱包も、正倉院展では学芸員が行い、輸送の時は警察車両がトラックの前後につくなど、他の展覧会にはないことが多く、とても思い出深いですね。その『正倉院展』と並んで、私にとって思い出に残る展覧会が『白鳳展』(2015年)。この時、薬師寺金堂の薬師三尊像のうち、月光菩薩像を借りて展示することができたんです。それまで東京で一度だけ展示されていますが、それ以外の館では奈良博が初めて。学生時代から、この薬師三尊像こそ最高の仏像彫刻だと思っていたので、感慨もひとしおでした。

市民の力が支えた“大阪らしい”美術館

―今年から大阪市立美術館に移られましたが、内藤さんから見て、この館の魅力はどこにあるでしょうか?

まず、私の専門の仏教美術に関して言わせてください。この分野において、大阪市立美術館は日本でも屈指のコレクションを持ち、学生時代からたびたび訪れていました。特に中国の石仏のコレクションは、東京国立博物館と双璧とも言える充実度。仏教美術の愛好家にとって憧れの存在です。私は、仏教美術の中でも工芸を専門にしていますが、実は、ここには仏教工芸好き垂涎の収蔵品があるんです。それは密教修法で使われる金銅三鈷鈴※(こんどうさんこれい)という法具で、元々、静岡の尊永寺というお寺に5個セットで伝わったものでした。そのうちの一つが大阪の衆議院議員・弁護士の田万清臣氏の所蔵となり、後に田万コレクションとして美術館に寄贈されました。これが他にないとても珍しい形をしていて。奈良博で展示した時はどうしても5個揃えたかったので、尊永寺だけでなく、大阪市立美術館からも借り受ける必要がありました。一般にはなじみが薄いかもしれませんが、ここにはそういった貴重な収蔵品が数多くあります。

もちろん仏教美術ばかりでなく、近代絵画にも有名な作品がありますし、中国の書画も日本で指折りの作品群が揃っています。現在のコレクションは、所蔵品が約8,500件、寄託品も約8,000件。合わせて1万6,000件を超えますから、改めてスケールの大きさを感じます。大都市に重要な美術館を置くという欧米の感覚からすれば、本来、明治政府は大阪に博物館を作るべきだったと思います。しかし、大阪市がそれを行い、さらに市民が質の高いコレクションを寄贈し、美術館を育ててきた。大阪人の心意気を感じさせる美術館であり、それが今に至るまで受け継がれているのは、本当にすごいことなんです。

―現在、大規模改修工事が進んでいますが、コレクションの展示の仕方なども変化があるでしょうか?

美術館の設備については、今回のリニューアルを機に、できる限り最新鋭のものを導入する予定です。展示方法に関しては奇抜さよりも、美術館本来の使命である展示品の見やすさを追求したいと思っています。例えば、展示ケースのガラスを低反射のものにしたり、照明の種類を工夫したり、鑑賞するためのより良い環境作りにはゴールはありません。

そう考える一つのきっかけになったのが、奈良博で最後に担当した『糸のみほとけ』(2018年)という特別展で、刺繍や綴織で表された仏像を展示した時に試行錯誤を重ねました。作品の調査の時にルーペで見ていると、糸の撚り方や縫い方による色彩、質感の変化がとても面白い。まるで、ミクロの世界にさまよい込んだようでした。ただ、壁面展示ケースに展示する時は、作品とガラス面の間に1mほどスペースができます。これは、学芸員が中に入って展示作業をするためのスペースなんですが、お客さんからすると「遠いな」と感じるはずで、刺繍の細かい表現などは到底見えない。そこで、思い切って展示壁面を動かして、ガラスから10㎝ほどに近づけたんです。すると細部も肉眼でも見えますし、中にはルーペで子細に鑑賞する方もおられて、「3~4時間ほど見入っていました」という声も聞きました。作品の見せ方には工夫の余地はまだまだいっぱいあるはず。いかに来館者のために最高の見せ方を提供できるかが、学芸員の腕の見せ所だと思います。

充実したコレクション展示こそが美術館の“顔”

―リニューアル後、大阪市立美術館をどのように展開していきたいですか?

日本、中国を中心にした多種多彩な、ある種ごちゃまぜ感のあるユニークなコレクションこそ、大阪市立美術館の魅力の源です。ただ、今まで日本の美術館ではコレクションをベースにした常設展の人気は低調でした。ところが、コロナ禍を経て、国内の観光やインバウンドが回復すると共に、「その美術館にしかない作品を見たい」という思いを持つ人は確実に増えています。全国の美術館が「コレクションこそが美術館の顔である」ということを再認識し、改めて常設展に力を入れ始めています。当館でも、美術館のあるべき姿として、良い作品をいつでも見られるように、充実したコレクションの展示を行い、市民の皆様に楽しんでいただければと考えています。巡回展や特別展は、いわばコンサートと同じで、スターを呼んで人を集める方式。著名な作品があれば人は集まりますが、コレクションをベースにした、もっと成熟した鑑賞スタイルを広げていきたいと考えています。

―常設のコレクション展示の充実を目指して、休館中に取り組んでいることはあるでしょうか?

改めて、世の中からまだ見つけられていないもの、忘れられているものを、コレクションから掘り出していきたいですね。例えば、伊藤若冲は以前は一般的には無名の画家でしたが、海外からの里帰り展などが行われたことで、一躍、多くの人が知る存在になりました。また、先に触れた『白鳳展』は、国立博物館が展覧会のネームプレートに「白鳳時代」という表記を使わなくなったことに対する危惧から開催を思いつきました。ちなみに、使わないことに決めた理由は、学校の教科書に「白鳳時代」という用語が用いられていないからです。言葉がなくなると、その言葉の持っている概念や世界さえ失われると思ったんです。コレクションの中から、私たちが忘れている、あるいは気づいていない世界を掘り出し、それを皆さんに見ていただきたいと思っています。

休館中は、2022年9月から『美をつくしー大阪市立美術館コレクション』と題して、選りすぐりの名品が各地の美術館を巡回しています。面白いもので、この展覧会を見に行った当館のある学芸員が、開口一番「うちのコレクションって、素晴らしいですね」って言うんです(笑)。実は、私も同じ感想を持ちましたが、このような感想は前職で奈良博名品展を海外に持って行った時にも感じました。普段、近くで見ている作品も、展示の仕方一つで印象が変わりますし、作品を外に貸し出したことによる気付きは多いはずです。つまり、コレクションは「人」が生かすもので、学芸員の工夫次第で様々な顔を見せてくれるんです。リニューアルまで館が一丸となって、新しいアイデアを忌憚なく出し、当館ならではの常設展をどのように作り、継続していくのかをしっかり考えていきたいですね。

内藤 栄 NAITO Sakae

1960年、埼玉県生まれ。筑波大学大学院博士課程芸術学研究科を経て、サントリー美術館で8年間学芸員を務める。1996年に奈良国立博物館に移り、工芸室長、工芸考古室長、学芸部長などを歴任。26年にわたり『正倉院展』を担当したほか、『白鳳』、『糸のみほとけ』などの特別展を多数企画。仏教工芸史を専門とし、2005年に筑波大学より舎利荘厳美術の研究で博士号(芸術学)を授与。2022年4月から現職に就任。著書に『舎利荘厳美術の研究』(2010年、第22回國華賞受賞)、『舎利と宝珠』(2011年)がある。

 

内藤館長は2023年2月4日(土)に、トークイベント「OSAKA MUSEUMS 学芸員 TALK &  THINK」にて、『古代のSDGs―資源再利用と代替材料の歴史―』というタイトルで講演の予定です(視聴無料・申込不要)。

インタビュー:田中 慶一(ライター)/ 撮影:井上 タケシ(フォトグラファー)