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新館長インタビュー:大阪市立東洋陶磁美術館 館長 守屋 雅史

スペシャルインタビュー:守屋 雅史 大阪市立東洋陶磁美術館 館長
取材・文:田中 慶一

2022年4月に、大阪市立東洋陶磁美術館の新館長に就任した守屋雅史さん。考古学の世界から、大阪市立美術館の学芸員に転身し、長らく陶磁器を担当されていた守屋さんに、東洋陶磁美術館の魅力や鑑賞の醍醐味、さらに今後のリニューアルオープン後のビジョンを伺いました。

 

考古学の世界から美術館の学芸員へ

―長年、大阪市立美術館の陶磁器担当を務められた守屋さんですが、大学では考古学を専攻されていたんですね?

高校時代に歴史が好きになって、大学でさらに勉強しようと日本史学科に進みました。1年生の頃から研究室を時々訪ねていて、先輩から「体が丈夫そうだから、力仕事ができるだろう?」と、いきなり発掘現場に誘われまして。横穴古墳の調査に参加したら、発掘作業がやみつきになって(笑)。そこから考古学へと傾倒していきました。

考古学では、地層や遺構の年代を考える時に、同じ地層や遺構から一緒に出土するやきものなどによって、それらの時代を同定するので、土器や陶器などを知ることから始まるんです。私の最初の専門は古墳時代後期でしたから、須恵器を中心に日本の窯業史も勉強していました。さらに大学院では長年、古墳時代の研究をされていた楢崎彰一先生の下で、平安時代の灰釉陶器の流通について研究しました。といっても、先生は色々な発掘調査に関わっていたので、先生から指示された発掘現場にいた時間の方が長かったですが(笑)。思えば、今の大学とは違って、大らかな時代でしたね。

―そこから、どのように美術館の学芸員へと道がつながったんでしょう?

本当はその後、大学院の博士課程後期に進むつもりでした。でもある時、先生に「大阪市立美術館から、陶磁器専門の学芸員の募集が来ているから、試しに受けてみては?」と言われて、素直に受けたのが運命の分かれ道。大学で美術史なるものは一切勉強してこなかったので、たぶんダメだろうなと思っていたら、なんと最終候補まで残ったんです。採用の知らせを聞いて、慌てて関西に引越して以来、学芸員として36年。人生の半分以上は関西にいることになります。ただ、仕事には慣れましたが、いまだに会話のノリには慣れなくて。関西生まれの家族からは、「そこで突っ込まんと」とか「そこはボケんと」とか、よく指導されています(笑)。

多種多様な展覧会を手掛けて広がった好奇心

―考古学の研究者と美術館の学芸員。一見、近しいようにも見えますが、実際の現場では違いを感じましたか?

学芸員になった当初、展示の際に、「たとえ同時代のものであっても、使っていた人の階層や、属した集団によって美意識が異なる。そこを分けて展示しないと、見る方は混乱してしまう」と、先輩からよく言われました。つまり、作品の時系列だけでなく、土台となる文化層の違いという視点が必要なんだと。

歴史的な復元を目指す考古学では、年代や場所がはっきり限定されるものほど良しとされます。例えば陶磁器なら、特定の地層や遺構に関係して出土したものであれば、たとえ壊れた破片でも考古学的には重要。逆に美術史の視点だと、どこで使われたかは分からないけど、状態も良い完成品の美しさの方に価値を見出す。だから、当時は全然違う世界に入った感覚があって、そのカルチャーショックは、今も少し引きずっているところがあります。ただ、考古学の経験が全く役立たないわけではないですし、美術史も携わっていくうちに面白みが分かってきて。そこからコツコツ勉強を始めたようなものですね。

大阪市立美術館は自主企画展に加えて巡回展も多く、とにかく多種多様な分野の展覧会の運営を経験できたことは、学芸員として大きな財産になりました。それこそ古代ギリシア文明から現代のダイヤモンドの宝飾品まで、大学で研究を続けていたら縁がなかった幅広いジャンルに携わり、好奇心を広げていけたことは、学芸員冥利に尽きます。また、陶磁器専門の担当は私一人だったので、時代も国も関係なくやきものの問合せは全部、私のところに来る。とはいえ、すべてに通じているわけではないですし、知ったかぶりは学芸員にとって最悪の行動だと自覚するのも大事なこと。例えば、知らないことは、「勉強不足で知りません」と言い切る、ただしそこで終わらずに、その分野に詳しい方は誰それなのでとご教示いただくように提案する。そうした、仕事との向き合い方の部分でも鍛えられました。

―数多くの展覧会を担当されてきましたが、思い入れが強い展覧会はあるでしょうか?

初めて単独の自主企画展として担当したのが『清朝工芸の美』展(1992年)。清朝の陶磁器は、繊細でスキがない、完成度の高い作品が多く、自分の気質と対極のような作風に惹かれて、専門分野として最初に企画しました。当時はモノクロの図録が主流でしたが、色鮮やかな作品が多かったので、大阪市立美術館の自主企画展として初のオールカラー図録の制作にも挑戦しました。工芸ですから陶磁器以外の作品もあり、いろんな先生を訪ねて勉強しつつ、出品をお願いして。そして、展示の準備以上に図録の作品撮影やポジフィルムの収集、各ページの編集が大変でしたが、先輩方の協力を得て、それまでにない試みができたと思います。

また、この展覧会を機に清朝工芸を深く知ったことで、新たな関心が広がり、後に『煎茶・美とそのかたち』展(1997年)の企画につながって、江戸後期から明治にかけて大阪を中心に流行した、煎茶の文化を取り上げることができました。煎茶文化が体現したのは、中国の美術・文芸や伝統への憧れであり、その一端を享受するという楽しみがあります。以前から、中国書画や日本の文人画、殷周青銅器が、関西に数多く残されているのはどうしてかと考えていたのですが、この展覧会を通じて、多くのコレクターが煎茶を嗜んでいたことが土台になっていたことが分かってきたんです。企画当初は思いもよりませんでしたが、昭和初期に急速に衰退して忘れ去られていった文化を、もう一度掘りおこせたという点で、とても意義深い展覧会でした。

陶磁器の名品をいつでも見られる贅沢な場所

― 一転して、今年から移られた大阪市立東洋陶磁美術館(以下、東洋陶磁美術館)は、専門館ならではの特色、魅力がありますね。

東洋陶磁美術館では、東アジアの陶芸史を中心に、やきものの持つ魅力を紹介する展覧会をしてきました。いわば、地域や時代においてメインストリームとなった作品ありきで始まる展示。大阪市立美術館でも陶芸の展覧会はありますが、ある時代の文化史の中に位置づけながら、その裾野の広がりへの展開を考えるので、やはり視点は少し違います。世界的に評価される安宅コレクション、李秉昌(イ・ビョンチャン)コレクションを中心とした、素晴らしい韓国陶磁や中国陶磁の他にはない魅力。そこに歴代館長が、当初足りなかった日本陶磁を加え、さらに巡回展などの開催を通じて近現代の作品の展示や収集の充実も図ってきました。将来的には、韓国と中国を中心に日本や近現代のやきものを、東アジアの古代から現代までの陶芸史の流れの中で展観して、ご覧いただける場になることを目指していきたいですね。

―膨大なコレクションの中でも、守屋さんがお好きな作品、注目する作品はあるでしょうか?

好きな作品を絞るのは難しいんですが、欠かせない作品といえば、国宝の2点ですね。一つは、豊臣秀吉の甥・秀次が所持した油滴天目※1。天目茶碗の中では、曜変天目に次いで貴重な油滴天目ですが、この作品は油滴の中では天下一の名品です。もう一つの飛青磁(とびせいじ)花生※2は、江戸時代の大坂の豪商・鴻池家伝来の品。らっきょうのような下膨れの、シンプルで美しい曲線は、中国で玉壺春(ぎょっこしゅん)型と呼ばれる典型的な形姿です。いずれも大阪ゆかりの品という意味でも、この2点が当館にあるのは喜ばしいことですよね。こうした作品が同じ場所に展示されていて、いつでも見られるというのが大きな魅力。温湿度や光によって劣化しにくい、陶磁器を専門に扱う館の強みでもあります。さらに、どこか私立の美術館的な趣を感じられる展示空間も特色の一つ。お洒落で、こだわりがあって少し贅沢な雰囲気の中で、美しいやきものを見る環境を、バージョンアップしながら保ち続けることが、代々の館長の使命なのではないかと、就任後に改めて感じています。

「好き」から始まる、美術鑑賞の楽しみ

―陶磁器の作品は、見る側からすると少々敷居が高いイメージもあります。作品を楽しむためのポイントはあるでしょうか?

以前、私の講演会で、参加者の一人にこんなことを聞かれた経験があります。「重要文化財の作品を見ても、私は少しも良いと思えなかった。どうしたら素晴らしい作品だと感じられるようになりますか?」と。私は「その作品は、あなたにとって心の琴線に触れるものではなかったということ。だから無理に感動する必要は全くありません」と答えたら、「目から鱗です」と言って帰られました。人の感覚はそれぞれですが、その違いが許されるのが美術の世界。当館でも「何を見たらいいですか?」とよく聞かれますが、自分が「心地いいなあ」と感じられる作品を見つけることが、始まりだと思います。それが見つかるということは、ある意味で自分探しにもつながるんです。「なんか知らんけど、私これ好きやな」という感覚がとても大事。「これ素敵よね」、「花を生けたらいいな」といったイメージが膨らんでいったら、それが一つのきっかけになって、やきものの技法や他の作品にも視野を広げる契機になる。陶磁器のことは詳しくなくとも、そうした自分自身の内から発する思いが、鑑賞の始まりになるんです。

―リニューアルオープンのあかつきには、東洋陶磁美術館をどのように展開していきたいですか?

今、コロナ禍の密集を避ける時世になって、美術館も大きく変わらざるを得ません。もとより、ここでは集客ありきの展覧会はできませんし、館の個性に見合うような展覧会をしないといけない。日本の美術館・博物館も収蔵品を有効活用して、それぞれの分野の愛好者を育成しながら、一定の集客を見込むという方向を模索するようになると思います。その点は、当館の強みでもあります。これだけ質の高い陶磁器が200も300も展示されている中で、「好きな作品を1点探してください」と言えば、やきものに興味があろうがなかろうが、1つくらいは見つかるものです。実際にそんなことができる美術館は、全国でもそう多くありません。

また、次の世代の観客になるやきものファンを少しでも増やすことが、館の存続には欠かせません。私が外から東洋陶磁美術館を見ていた時に、学校教育とのリンクがもっとあってもいいのではと感じていました。大阪市立美術館時代に、中国の磁州窯系陶器を素材にして、小・中学生の鑑賞学習を企画した経験があるので、当館でも小・中学生を対象に実施してみてはどうかと思っています。今まで以上に、コレクションを魅力的に見せる努力は欠かすことなく、リニューアル後も、市民の方々に愛される美術館になれるよう、たゆまず工夫をし続けていきたいですね。

守屋雅史MORIYA Masashi

1956年、東京都葛飾区生まれ。静岡大学人文学部日本史学科を経て、名古屋大学大学院文学研究科考古学専攻博士前期課程修了。1983年から、大阪市立美術館学芸課で陶磁器担当の学芸員として34年間勤務。主に東アジア陶磁史・煎茶文化史を専門分野として、『清朝工芸の美-秀麗な清朝陶磁を中心に―』、『文人のあこがれ、清風のこころ 煎茶・美とそのかたち』、『白と黒の競演 -中国・磁州窯系陶器の世界―』など、多数の企画展・特別展を担当。学芸課長を務めた後、2017年から神戸松蔭女子学院大学で学芸員養成課程の教官を経て、2022年4月に現職に就任。

守屋館長は2023年2月4日(土)に、トークイベント「OSAKA MUSEUMS 学芸員 TALK &  THINK」にて、『煎茶の楽しみ・清風の美意識』というタイトルで講演の予定です(視聴無料・申込不要)。

インタビュー:田中 慶一(ライター)/ 撮影:井上 タケシ(フォトグラファー)